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Nov 10, 2008

質の高い番組とは

ポスト @ 0:27:01 | その他 | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

我が家の食事は、午後 7 時台だ。音がないのも寂しいという理由で、テレビをつける。一般的には、食事中にはテレビをつけず家族で会話するのが望ましいといわれている。だが、我が家はそうしなくても良いだろう。普段から会話は結構、しているから。

閑話休題。音を求めて、テレビを見ようと、まず番組表を見る。クイズ番組? - 飽きたなぁ。食べ歩き? - 人が食べているのを見てどうしろと?

次第に腹が立ってくる。どこのテレビ局も、同じような内容・構成の番組しか作っていない。人様に見てもらいたいなら、それなりの独創性をもって番組を作れと言いたくなる。

しかも、独創性に欠けている上に、ちっとも、おもしろくない。私の趣向が、世間の趣向と合っていないためだろうか。とにかく、おもしろくない。

今、テレビは、お笑い芸人で栄えている。だが、その質はどうなのだろうか。見ていて、くすっと笑える芸人は山のようにいる。しかし、言っては悪いが、そういった芸人は、まだ、「真のお笑い芸人」ではない。
私は「真のお笑い芸人」を、次のように定義している:「見る人を抱腹絶倒状態にし、なおかつその呼吸を困難にさせることのできる者」
この定義を満たした芸人は数少ない。最近見た若手(敢えて若手に限定)では、「サンドウィッチマン」(「笑点」)と「ナイツ」ぐらいだ。そのほかは、なぜ人々が、そこまで笑えるのか分からない。

今、テレビは、お笑い芸人で栄えている。しかし、その繁栄の「質」はどうなのだろうか。それはそのまま、番組の質とも関係してくることだ。

民放を見る機会が減った一方、NHK を見る機会が増えた。NHK は、なかなか良い番組を作っている。NHK の番組の良い点は、「現実直視」である点と「静けさ」である。

民放は、朝の番組、昼のワイドショー、夜のビジネスマン向けのニュース以外は、現実のニュースを掘り下げることは少ない。その点、NHK の「海外ネットワーク」や「クローズアップ現代」などは良い。30 分ないし 45 分(CM はもちろんない)、スペシャルであれば 1 時間ほど「現実」を掘り下げる。こうした「ドキュメンタリー」系番組に NHK の本領は発揮されやすい。普段のニュースで分からないことは、大概、こうしたもので理解できる。

「静けさ」 - まず、NHK のアナウンサーやキャスター自体がそうだ。抑揚を余りつけない。大事なニュースであるからこそ落ち着いた声で言わなければならないからだ。

昨日あったトーテムポールで有名なハイダ族の物語。民放でこういった番組を作ると、どうしても笑いを入れようとする。間違いだ。大事なのは「トーテムポール」であって芸人の「笑い」ではない。視聴者が知りたいのは、トーテムポールにはどういった意味があるのだろうとか、なぜ島は無人島になってしまったのかといったことだ。NHK は、むきだしの事実のみを伝える。余計な脚色は行わない。

前、4 時間近く BS でイタリア紀行(視聴者ランキングに基づく)を放送していた。イタリアの美しさ - それを存分に堪能できた。一つ一つの建物(遺跡)を紹介する時間は限られている。その中で、視聴者に美しい映像を見せつつ、説明を加えるにはどうすれば良いか。それを NHK は心得ていて、民放の大半は心得ていない。

余談。最近は余り言われていないが、NHK のチャンネルを減らそうという動きがある。もちろん、NHK はたくさんチャンネルを持っている。だが、それだけを槍玉に挙げて、本当に必要な番組 - ニュース番組やドキュメンタリー、教養番組など - が減らないかどうか、考えていただきたい。民放が、国民の「知欲」を満たしていない現状において、NHK は貴重だ。

全く、民放の番組には嫌気がさしている。視聴率を取るのも大事だが、それにしても、質が低下しすぎだ。それとも、こちらのハードルが高すぎるのか。

Nov 06, 2008

ただいまのアドオン

ポスト @ 0:38:47 | 拡張機能 | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

アドオンは、余り使わない。もちろん、「Firefox を使う上での魅力は?」などと聞かれれば(実際、以前、イベントで聞かれた)、「アドオンが豊富なこと」や「拡張しやすさ」などと答える。けれども、当の本人は、アドオン探しの旅に出たことは、まだないのだ。

というわけで、将来、旅に出るときのために、せめて現状だけでも把握しておこうと思う。大体、以下のアドオンを入れているようだ(本当にこれだけです):

  • AutoAuth 1.3 - 某氏に勧められてインストール。HTTP 認証(例えば moz-users ML のようなページを開く際など)で、保存されている認証については、自動的に処理してくれる。意外と役立つ。
  • ChatZilla 0.9.83 - IRC を使うとしても「LimeChat」で済ませているので不必要に思われるかもしれない。けれども、ブラウザ上で IRC へのリンクをクリックするときなどには重宝(?)。
  • Extension List Dumper 1.14.1 - このリストを作るためにインストール。どうでも良いことだけれど、フォーラムなどで質問する人には、これでアドオンリストを出力することを義務づけたらと思ったり…。
  • Forecastfox 0.9.7.7 - 題名通り。英語表記だけれども、日本の主要都市には対応済み。ただし、何を血迷ってか、華氏表示のままなので、50°という予報が出ているが(もちろん設定で摂氏に変えられるはず…ただ面白いからやめとく)。
  • Gmail Manager 0.5.5 - Gmail に頼りっぱなしの人に。私は、一分おきに確認させています(なぜそんなに確認させるんだか…)。
  • Google Toolbar for Firefox 3.1.20080730W - 正直に。「PageRank」とマウスオーバーによる翻訳表示機能が欲しいが故に、入れているだけです。
  • Ubiquity 0.1.2 - 先日、紹介 したアドオン。相変わらず、日本語入力に難あり。
  • Web Developer 1.1.6 - 日本語版もあるらしい。でもそれは使いたくない。自動更新する度に英語版に戻るから。大体、簡単な英語ばかりだから日本語版を使うまでもあるまい。Web ページ作成さらには検索プラグイン作成に欠かせないアドオン。多機能なので、全機能を使いこなせるようになるのは、いつの日やら。

ちなみに、各アドオンへのリンクは、それぞれの作者サイトに向いている。いくつかは addons.mozilla.org からもインストールできる。

いずれも、有名所で、今更、紹介するまでもないものばかりだということを、改めて、実感した。大体、よくある「Top 10」をしようにも、8 つしかないから無理。笑えるような笑えないような…。

Nov 04, 2008

雑感「文化の日」

ポスト @ 0:01:26 | その他 | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

今日は「文化の日」だ。国民の祝日に関する法律(余談だが、学校に通っている人は、この法律に感謝すべきだ。この法律の御陰で学校を休めるのだから!)という法律には、次のように書かれている:

文化の日 十一月三日 自由と平和を愛し、文化をすすめる。

ちなみに、11/3 は憲法記念日(5/3)ほど言われないので忘れがちだが、憲法が公布された日である。だから、「自由と平和を愛し」とあるのだ。歴史的に見て、文化が最も発展するのは、人々が自由で、かつ平和なときだ。

というわけで、今日は、本屋に行ってみた。実に 8 月以来。様々な本を見たが、予算の都合もあり「Firefox 3 Hacks」はめくるだけとなってしまったが。購入したのは、外山滋比古が書いた本 2 冊と安部公房の本(「壁」)。前者は模試か何かで見た記憶があったから。後者は、現代国語の教科書にあった「棒」が良かったため。しかし、いつ読めるだろうか…。

帰り際(といっても、もう夕暮れであるが)、気分を害するようなことがあったので書かないといけない。

本屋からの帰り道は、全体の 2/3 ほどは幅の狭い道になっている。大体、自転車が 2 台並んでいるだけで、道幅一杯になってしまう。嫌な道なのだが、一番、近い道なので、できれば使いたい道である。

帰り際、そんな狭い道を自転車で走っていると、目の前に、男女 4 人組が並んで歩いている。困ってしまった。ベルは、余り鳴らしたくない。だが、車道の路側は狭く、通れそうにない。

そもそも横二列でも通りにくいのに、横四列で歩いているこんな連中を見たことがない。全く以て非常識の極みだ。と思っていると、その四人組の誰かが「邪魔そう…」と言った。「邪魔そう」ではなく「邪魔」というのが正しかろう。やっと端っこの人が通してくれたが、全く腹の立つことだった。

これは日本人の気質なのだろうか。事が起こってから対処するというのは。お役所仕事などは、誰かが死ななければ変わらないことが多い。これが、ヨーロッパでは、「対処」ではなく「予防」になる。問題が発生しないようにするのが、彼らの基本的スタンスだ(もちろん対処しないわけではない。「対処」プラス「予防」といった具合)。

大体、横四列で歩けば邪魔になるということは、常識の範囲内で分かるはずのことだ。であるならば、「予防」できたはずだ。「邪魔そう」と気づき、自転車を通したのは「対処」に過ぎない。

でもまぁ、これも自由で平和だから起こる事件だろう。平壌の大通りで横四列に歩けるか?何かしらの罪を着せられるかもしれない。あるいは、アメリカのような銃社会だったらどうだろう?狂った人なら撃ちかねない。その点、あの四人組(というと文革を思い出すが)は自由だ。平和だ。幸せだ。「自由と平和を愛し」の文化の日の精神には合うことだろう。

Nov 03, 2008

MozillaZine Knowledge Base 翻訳

ポスト @ 2:28:14 | Mozilla | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

最近、Mozilla の話題を全然、書いてこなかった。というのも、社会的なニュースは、普段から耳にしているので書ける。一方、Mozilla のブログを、毎日、見て回る暇のない状態で、何か記事が書けるかというと書けない。やはり、毎日の積み重ねが大事で、週末に消化しようなんて思っていてはダメだった。

それで、たまに、はてなブックマーク をのぞくと、未だに、以前、訳した Mozilla Zine Knowledgebase の記事を参照してくださっている方がいらっしゃるようだ。訳し始めた当初は、誰かのために貢献しようなどという気は、あまりなく、ただ漠然と「訳すものがないなぁ」と思っていた。拙い訳なのに、誰かの役に立っているならば、何だか嬉しくもなる。

なぜ、MozillaZine 本家の Knowledge Base を知ったのか、今となっては思い出せない。けれども、多分、その時、「日本にはないもの」を見つけたのだと思う。でなければ、一々、訳さないはずだから。

Issue ページの索引 を見てみる。はっと気付く。「こんなに要領よく整理されていること」 - これこそが感心した理由だった。と同時に、このページ群が Wiki なのに、高品質で最新の状態に維持されていることにも感心したのだった。

日本に、そういうのがないわけではない。例えば、Mozilla Japan ナレッジベース がある。これには、感心させられた(確か、吉野さんがお一人で作られたとお聞きした…)。ただ、やはり、どこかに MozillaZine よりも劣ったものを感じる。それがどこかは分からないが…。

SUMO の日本語版は、私も時間があれば訳したいと思っていたが、最近、どうも「時間があったとしても」訳さないのではないかなぁと思ってきている。まず、基幹部分の日本語化が済んでいないのに、訳だけしても…という気持ち。デザインも今一。フォントも英文では綺麗だが、和文は、むしろ汚い。

それに、せっかくのスクリーンショットも英語版のものばかり。記事も「Based on information from xxx (mozillaZine KB)」と最後にある通りなのだが、オリジナル(KB)との同期はあるのだろうか…。ちょっと衣を替えているだけなら、オリジナルを見た方がマシだと私は思う。

もじら組 Wiki もデータ量は確かに多い。でも、なぜかわかりにくく(もしくは複雑に)感じる。

散々、ケチをつけたけれども、やはり MozillaZine の Knowledge Base が良いと(私は)信じ込んでいる。もしかすると、来年からは、Knowledge Base ばかり訳しているかもしれない(MediaWiki が使えるサーバを探してだが…)。例えば、about:config とかも良い。

もし、さらに余力があれば(ない確率が高いが)、本家 KB にないものも付け加えたい。幸いにして、日本はフォーラムが多い。探せば出てくるだろう。

ある時、各フォーラム横断型の検索フォームを作らないかというようなことを言って、結局、没になったと記憶している(Google でぐぐれば良いという理由だったと思う…)。今度は、横断型のナレッジベースを…といった場合にも、きっと没になるだろう。だから言わない(笑)。これは、あくまでも個人のささやかな願望。ささやかな願望を叶えたからといって、それを公開しさえしておけば、「公共の利益」なのだから、誰も文句言うまい。これもまた、来年以降の楽しみだ。

追記:貶しているからと言って、実際に作っておられる方を批判しているわけではありません。私ができないことをされているわけで、その点、ある種の尊敬の念すらあります。ただ、人間関係を無視して言うと、上のようになるだけです。

Nov 02, 2008

「した側」と「された側」 - 日本の果たすべき役割

ポスト @ 1:14:58 | 時事問題 | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

航空自衛隊の航空幕僚長の論文(?)が問題になっている。

まず、一般論。立場上、この幕僚長の行動は適切だったとは言えない。官僚は寡黙に国民のために奉仕しなければならない。官僚である以上、その行動には制限がある。幕僚長もまた、国家公務員であり官僚だ。その行動においては、影響を常に考えなければならない。そうした点で批判されるべきだろう。

ただ、どうも私には、この一件に代表されるような論には、納得できない点がある。もちろん、私は戦争体験者ではない。また、軍事マニアが好む「どこどこの戦場で日本が云々」というのも不必要な知識だと思っている。私が興味あるのは、当時の天皇中心の国家体制であって、それ以外はほとんど興味なしだ。

「日本は侵略国家ではなかった」と主張する人々は、「日本はアジア諸国の解放・近代化に貢献した」と言う。私自身も、一々、その証拠を言われれば「そうかもしれない」と思うが、学が浅いので、その辺の真偽はわからない。

だが、そこにこそ我々日本人の「大きな間違い」がある。すなわち、自国(軍)が行ったことを自国人が評価しうる立場にあるやいなや ということだ。

例えば、今、ここに A さんと B さんがいるとする。A さんは、今、一人で机に向かって作業をしている。彼はもう何時間も作業をしている。作業も 1/3 ほど片付いたところで、B さんが来た。B さんは別室での別の作業が終わったばかりだ。B さんは A さんの作業工程を理解していない。だが、B さんは親切心から A さんを手伝おうとした。A さんは、一旦は断ったが、B さんが余りにもしつこいので、作業をやらせることにした。

しかし、B さんは A さんの作業工程を知らない。そこで、A さんは自分の作業工程を教えた。教えたものの、B さんはよく理解していないから、B さんの効率は落ちる、A さんも B さんを教えるため効率が落ちる。結局、A さんはその日、一日で終わるはずの仕事を翌日もする羽目になった。

さて、この場合、「B さんは「親切心」で手伝いを買って出たのだが、A さんの気持ちはどうだろうか」という問いが出されたら、あなたは何と答えるだろうか。もしあなたに日本語力があるならば、答えはこうなるであろう:「B さんの親切心からの手伝いを、余計なお世話(おせっかい)と思う気持ち。」。

大事なのは、「した側の気持ち」ではない。「された側の気持ち」だ。「した側」が、いくら「された側の気持ち」を推し量ろうと、それは「推量」でしかない。よく、いじめ問題で言われるのは「された方が『いやだ』と思ったら、その人のしたことは『いじめ』」ということだ。「した側の気持ち」よりも「された側の気持ち」が優先されることは、この複雑な現代社会においては、常識だろう。

そうした観点からいくと、かつて日本軍が行ったことを(良くも悪くも)評価できるのは、後世の日本人ではないだろう。日本軍に何かしらのことを「された人々」だ。「した側」にそのような権利はないはずだ。もし権利があると主張するならば、日本人は、かなり「された側の気持ち」を理解できない国民と思われるだろう。

これには反論があると思う。中国と韓国の反日運動は政府が扇動しているとか、向こうのナショナリズムはけしからん云々。確かに、そうした反論をすべて否定はできない。しかし、彼らのナショナリズムが異常ならば、日本のナショナリズムも正常と言えるかどうか。一々、それに反論してデモをしたり、要職にある人たちは一年に一回は、今回のような発言をしてニュースを騒がし、それに対する中韓の反日運動に、また日本が反応して…と日中韓でナショナリズムの素晴らしい連鎖を作り出しているではないか。異常なナショナリズムを行っているのは、お互い様のはずだ。

人によっては、中韓以外で反日運動が起きないことを指摘する人もいる。確かに、昨年、マレーシア・シンガポールを訪れても、彼らは我々に対して親切であった。だが、ご存じだろうか。人間には、「表の心」と「裏の心」があることを。東南アジアの人々は、日本の 60 年間の平和主義のおかげで、「表の心」を友好的にしているに過ぎない。彼らとて祖父母がいるはずだ。彼らとて学校で自国の歴史を学んでいるはずだ。その点、中韓と何ら変わりない。

クアラルンプールの中に、マレーシアが経験した戦争のすべての犠牲者を弔った場所があった(写真 1写真 2)。こうしたところが街中にあることが、私には彼らの「裏の心」を表しているように思われる。

また、ベトナム民主共和国独立宣言(岩波文庫「人権宣言集」所収)を見るべきだろう。何十年にもわたって植民地支配したフランスと並んで日本が非難されている。これは、日本軍はヨーロッパ諸国から解放してくれたなどという評価は、少なくともベトナムにおいてはないということだ。しかし、ベトナムで日本人が暴行を受けたなどということはないし、反日もない。むしろ、私の使っている消しゴムはベトナム製であるぐらいだ。

我々には、自国軍の行いを評価する権利はない。「された側」のみが評価できる。しかし、「された側」である東南アジア諸国は ASEAN+3 として、敢えて、中韓と並んで日本を加えた。また、東南アジア諸国での日本の評価は、むしろ今、高いぐらいだ。だが、彼らの「裏の心」はどうだろうか。祖父母を日本軍によって殺された人もいるだろう。シンガポールでは華僑に対する虐殺もあったと聞く。にもかかわらず、彼らは日本人に暴力を振るったりはしない。

我々日本人には、それを誤解している人がいるのではないだろうか。我々は「ご厚意に甘えさせてもらっている」身分だ。それをわきまえずに行動している日本を、東南アジアの人々がどう思っているかは分からない。

だが、彼らは中韓と共に、東南アジアを引っ張ってもらう国として日本を選んだ。そもそも、日本が掲げた「大東亜共栄圏」という構想自体には、当初、諸国も歓迎していたようだ。しかし、日本がアジア諸国の先頭となって「共存共栄」を進めるのではなく「支配」を選んでいったことで、彼らは反発した。今、日本に求められているのは、「された側の評価」に従い、なおかつ、過去をお詫びする気持ちも込めて、再び、アジアの先導国になることだ。東南アジア諸国が望んでいるのは、六十年間、耐えてきた心に、さらに負荷をかけるような言動ではなく、良い意味での「未来志向」であるはずだ。その期待を裏切ってはいけない。

Oct 26, 2008

メディア論 - 上手く使うことが肝要

ポスト @ 3:14:34 | 時事問題 | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

最近は、メディアを敵に回す政治家が多い。そもそも、メディアの影響力ってどれほどなのだろうか…。これについては一冊、本がかけてしまうほどあるらしいが、思いつくだけ簡単に書いてみる。

私が言っている「メディア」とは、新聞やテレビなど、いわゆる「報道機関」と呼ばれるものだ。「メディア」は、情報を伝達し、さらには世論を形成するものだ。ただ、情報を伝達するだけならば、新聞に「社説」はいらない。日本ではそうでもないが、アメリカの新聞では、社説で自社の政治的立場(例えば共和党支持なのか民主党支持なのか)を表す。「社説」を読むことで、新聞社は世論を形成しようとしているのだ。

最近は、新聞の影響力は弱まったように思われる。その代わりなのだろうか、テレビでは政治関連番組が増えた。文字と写真でしか情報を伝達できない新聞に対して、映像や音声まで使えるテレビの効果は絶大だ。実は、我々は、新聞社やテレビ局が取捨選択した情報を見ている。そもそも、この時点で、彼らの手が入っているのだ。取捨選択次第では、それが世論を動かす。我々は、知らず知らずの内に、メディアの情報をすべて「正しいもの」と思いこんでいる。

メディアの、ある種の「権威性」が利用されたのが、第二次世界大戦だった(詳しくは朝日新聞の「新聞と戦争」が良い)。国民はメディアを信じている。メディアは国に協力することで得られる利益に目がくらむ。国はメディアを検閲しさえすれば、情報を自由に制御できたも同然だ。メディアがもし、真実を伝えていれば、戦争は長引かなかっただろうし、そもそも始まりすらしなかっただろう。

最近の政治家にはメディアを敵に回す人が多い。彼らは、もしかすると、インターネットという所を味方につけたいのかもしれない。インターネットの影響力は、確かに絶大だ。特に新聞の読者層が年配の人が多いのに対し、インターネットには若い人が多いと言われている。

インターネット上の意見は、万人に受け入れられる「世論」にまで、なったことは、ほとんどない。インターネット=世論と考えるのは、短絡的だし、間違いだし、馬鹿げている。インターネット上の意見は、三割ぐらいは見る価値があっても、残りの七割は、ろくに考えもせずに作られたゴミに過ぎないからだ。

インターネットは社会の一部しか見せていない。インターネットはすべてではない。インターネットには、αブロガーと呼ばれる人がいるが、強いて言うなら、彼らぐらいが「メディア」だろうか。

インターネットは確かに広い。だが、我々は砂漠をさまよっているようなものだ。どこまでも続くように思われるが、歩いていけば、必ず、砂漠は尽きる。要するに、インターネットは「広い閉鎖空間」だ。それは、決して無視できる存在ではない。

しかし、日本の場合、インターネットが世論の主導権を握ることはないだろう。「私的な」場ではあっても「公的な」場ではないからだ。様々なブログを見てきたが、その中に、例え人から嫌がられようと、しっかりした文で何かを論じているのは少ない。「昨日、何があった」というような私的な話ばかりだ。ましてや、誹謗中傷でしか成り立てない(まったくもって悲しいことだ)掲示板やフォーラムは論外だ。

世論を形成しているのは、今でも新聞やテレビだ。それらを通り越して、インターネットに支持を求めようとしている政治家は、考え方を改めた方が良い。インターネットには、普遍性はあるが権威性はない。昨日までの意見と今日の意見が変わっていても、元々、思想といえるほど確固たる文化がないのだから、誰も咎めない。それは一見すると、「世論」のようにも見えるが、それは世論のごく一部であって、すべては未だに新聞やテレビなどが動かしている。

旧来型のメディアを馬鹿にすると痛い目に遭う。メディアは上手に使えば万人に利益をもたらす。逆に上手く使えなければ、ただその虜になるだけだし、メディアの批判の対象にされてしまう。「お取り扱い注意」だが、かといって敬遠すれば、その不利益はすべて自分にかかってくるだろう。

Oct 25, 2008

日本の政党 CM

ポスト @ 3:17:25 | 時事問題 | Hatena-Bookmark | この記事へのリンク

アメリカの大統領選と違って、今ひとつ、盛り上がらない日本。衆院の解散・総選挙はすぐ行われる - と言われて、かなりの日数が経った。

なぜ首相が解散・総選挙しないかと言えば、予想以上に支持率が伸びないこと(伸びる機会を窺っているのかもしれない)や、就任早々、世界的経済危機に直面してしまったことなどがあるだろう。「世界的経済危機に直面してしまった」といっても、これは決して首相にとってマイナス要因ではない。政権への支持率が低かったカナダやイギリスなどでは、溺れる者は藁をもつかむではないが、支持率が上昇している。政権与党を支持することで、目の前の危機を乗り越えることを優先したいという国民感情があるのだろう。

衆院の解散・総選挙は、多分、年内の内にあるだろう。でなければ、あの CM は何だったのかということになる。今日は、「あの CM」を自民・民主両党で比較してみよう。

自民党

自民党の YouTube チャンネルは「LDPchannel」というサイト。「麻生自民党、始動!」という文字化すると、安っぽく聞こえる名前の「再生リスト」がある。その中に、麻生総裁になってからの動画が収められているようだ。

上が今、放映されている CM。補正予算成立を誇らしげに言っている。実績を強調するのは良い。だが、「世界規模の金融危機から日本の経済を、国民の生活を守るため、さらなる景気対策を進めます。」と言っているが、それについての説明は何もない。「期待していてくれ」ということなのだろうが、NHK の夜 7 時のニュースが、毎日、株価下落を伝えている中、ただ漠然と、「期待していてくれ」では困る。ましてや、バーに毎晩、行っている人に「まずは景気回復」などと言われても説得力に欠ける。

民主党

民主党の YouTube チャンネルは『「生活が第一」チャンネル』。定例会見などを一々、載せている情報量満載のチャンネルだが、CM は少ない。

後ろの音楽がとても気になる。小沢代表は、代表質問で折角、公約を掲げたりしていたのに、CM では、自分の写真しかない。結局、民主党の政策は、耳にタコができるぐらい聞いた、この CM からは何も分からない。

両者とも、30 秒という限られた時間で、訴えてくるものがほとんどない。特に、それはアメリカの民主党の CM と比較したとき、よりはっきりするだろう。

この動画では、エネルギー問題が扱われている。マケインが石油会社を優遇するなど石油依存型であることを批判した上で、自分たちはクリーンなエネルギーを導入することを主張している。

この動画は上手くできていると思う。マケインに対する批判を見た後、視聴者は「じゃあ、オバマはどうなの?」と疑問に思う。そこで、CM は「オバマだったらこうする」と主張する。それも 30 分で。とても内容が濃い。

しかし、対立軸を打ち出すだけではない。相手の失言を批判するといったこともあり、特に大統領選も後半になると、その傾向が強くなる。上の動画もそうだ。

9 月 15 日。リーマン・ブラザーズが倒産したちょうどその日。マケインが言った言葉は驚くべきことだった:「I think still the fundamentals of our economy are strong.」(私たちの経済の根本的な部分は強いと思う)…これに対して、CM はこう投げかけていく:「HOW CAN JOHN McCAIN FIX OUR ECONOMY...」「IF HE DOESN'T UNDERSTAND IT'S BROKEN」(経済が壊れていることが分からないなら、ジョン・マケインはどうやって私たちの経済を直せるのだろうか…)。

そして最後もまた、強烈だ。マケインとブッシュが並んでいる。この皮肉がとても強調されているのが下の CM。

ここでは、次のことが挙げられている:「経済理解の面での失敗」「企業や金持ちに対する減税」「圧力団体との怪しい関係」「イラクのために 1 月あたり 100 億ドルを使う計画」。それぞれの上に大きく「THE SAME」と書かれ、マケインがブッシュと同じであることを批判している。

そして、最後には、これ以外の CM にも出てくるが「WE JUST CAN'T AFFORD MORE OF THE SAME」と出る。「もう同じ事にはうんざりだ」みたいな感じになるだろうか。

日本の民主党も、政権交代を叫ぶなら、これぐらいの CM を作らないといけない。自民党に対する民主党のこれまでの勝利は、一時的なものだった。理由は簡単だ。大多数の有権者はマニフェストなど自分から読まない。この国の国民は、いざとなれば、自由すら自ら放棄しかねないほどなのだ。

だから、これまでの民主党が勝った選挙というのは、国民が一時的に「反自民」になっただけだ。民主党の政策云々ではない。

民主党に対する大多数の国民のイメージは「よくわからない政党」だ。人間というのは、経済が安定しているときには政治など省みないくせに、自分に関係してくるようになると、途端に政治に関心を持つ。ところが、民主党が流す CM は、小沢代表のスライドショーだ。これで人心を向けさせることが出来ると本当に思っているのだろうか。

自民党も「まずは景気回復」と言いながら、党首があれではダメだ。スーパー行った後、帝国ホテルで夕食といったことや、毎晩のように高級ホテルのバーで会食といったことのどこに、景気が悪化している徴候が見れるのだろう。金持ちであることは悪くない(というより今更、どうしようもない)が、もう少し自党の置かれている立場を考えねば、総裁のイスさえ内部の力で引きずり下ろされるだろう。CM とやっていることが一致するようになってもらいたいものだ。

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