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2008-12-03 [長年日記] この日を編集

_ マイクロプロジェクタ del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

このところ数社からぼちぼちと出てきていたが、アドテックもMP15Aというのを出したらしい。欲しいと言えば欲しいんだが、スペック的にもうあとひと押しという感じではあるなあ…。

Tags: Gadget

2008-12-02 [長年日記] この日を編集

_ 影の将棋順位戦 del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

政治だと影の内閣だの次の内閣だのというのがあるが、将棋でそういうのをやったらおもしろいかなと思った。現在の順位戦の仕組みというのは、どう見ても上位者に有利で下位に不利なように出来ている。ようするに、若手は相当とんでもない好成績を何年も出し続けないと名人位を争うA級まで上がれないが、逆に現在上位の年寄りは相当ひどい成績を続けてもなかなか今のクラスから落ちることはない。長年の実績を加味するということでやむを得ないところもあるが、一応名目としては名人位こそその年の棋界最強を示す由緒あるタイトルということになっているんだから、昇降級の人数を増やすとか、もう少し工夫の余地はあると思うのだが。

とはいえ、いざチェス風にやるとなると自分でイロレーティングから出さなきゃならんのかと思って憂鬱だったのだが、すでにレーティングを出している人はいたので、実は何もやることがなかった。ただ整理しただけである。2008年11月現在、争われていたかもしれないもう一つの順位戦ランキングは以下の通り。

名人

羽生善治。まあ、これは順当ですか。というか確かに羽生すごいね。下駄履かせなくてもガチで最強ということだから。

A級(定員10)

佐藤康光、木村一基、久保利明、阿久津主税、深浦康市、鈴木大介、郷田真隆、丸山忠久、渡辺明、森内俊之という順。これが現在棋界最強の10人ですと言っても、たぶん誰からも文句が来ない人選ではないか(もちろんタイトル保持者は全員入っている)。とはいえ、実際に現在A級なのが佐藤、木村、深浦、鈴木、郷田、丸山、森内と7人もいて、案外現行の順位戦制度もA級に関しては実力を反映しているというか、本当に強い人たちがA級にいるのですね。久保と渡辺はB1、阿久津はB2だが、元A級で今年も戻りそうな久保はともかく、渡辺と阿久津は順位戦ではやや苦戦していると言えそうだ。

B級1組(定員13)

三浦弘行、松尾歩、橋本崇載、谷川浩司、宮田敦史、山崎隆之、阿部隆、高橋道雄、村山慈明、佐藤天彦、飯島栄治、行方尚史、佐々木慎という順。実際に現在B1なのは山崎、阿部、高橋、行方の4人だけ。三浦と谷川はA級、松尾と橋本はB2、宮田、村山、飯島、佐々木はC1、佐藤天に至っては最下級のC2だ。どうもB1は実力とクラスがあまり対応していないところのようである。個人的には、現実のB1よりもレーティングで出した影のB1のほうが、実力を素直に反映しているような気がするのだが。

B級2組(定員不定)

定員は決まっていないので何とも言えないが、現在は24人。藤井猛、広瀬章人、先崎学、高崎一生、糸谷哲郎、堀口一史座、佐藤和俊、片上大輔、島朗、田村康介、森下卓、佐藤紳哉、(中原誠)、井上慶太、西尾明、横山泰明、豊川孝弘、中川大輔、畠山鎮、杉本昌隆、窪田義行、北浜健介、中座真、屋敷伸之、安用寺孝功という順。実際に現在B2なのは先崎、島、中川、豊川の4人だけ。実際にはA級なのにレーティングだとB1どころかいきなりB2に落っこちてしまう藤井が何というか気の毒である。あとは、中座(実際はC2)の実力に比した不遇が目につく。勝負弱いんだろうか。佐藤和俊という人は申し訳ないことに全く聞いたことがなかったのだが、結構強いんですね。現在フリークラスの中原十六世名人は、仮に今も順位戦を戦っているとすればこのクラスに入る。相変わらずなかなか強いようだ。いずれにせよ、B2も実力とクラスがあまり対応していないようである。

C級は人数が多すぎるのでもう全員の名前は挙げないが、C1は現在31人ということで、トップは豊島将之、ビリは近藤正和ということになる。

さて、仮に実際のクラスとレーティングによるクラスが2クラス以上離れている(AとB2など)のを実力よりも相当過大ないし過小に評価されているということにすると、そうした人は以下のようになる。カッコ内は(実際のクラス-レーティングにより想定されるクラス)。

    過大評価

  • 藤井(A-B2)

  • 神谷、桐山、野月、泉、畠山成、田中寅、土佐、森、青野、浦野、内藤、加藤(B2-C2)

    過小評価

  • 阿久津(B2-A)

  • 宮田、村山、飯島、佐々木(C1-B1)

  • 佐藤天(C2-B1)

  • 高崎、糸谷、佐藤和、田村、佐藤紳、西尾、横山、中座(C2-B2)

こうしてみると、B2の相当数が過大評価で、実はC2くらいの実力しか無いということが分かる。B2からはなかなか落ちないということなのだろうね。ベテランが多いだけに順位戦ならではの戦い方を熟知しているということなのかもしれないが、順位戦しか勝てないというのは、プロとしてそれはそれでどうなんだという気もする。あと藤井もう少ししっかりしろ。

それなりに名のある若手は、事実B1くらいの力はあるようだ。にも関わらず、結局C級でくすぶっているのが多いというのは、やはり仕組みの問題だと思う。クラスの人数に比して昇級者の枠が少なすぎるのである。

また、フリークラスでもB2やC1に匹敵する力がある人もいれば(レーティングでは瀬川はC1に入る)、奨励会員はもとよりアマチュアのトップクラスよりも弱いプロがいるというのも問題だ。こちらももう少しなんとかしないと、結局将棋連盟は棋士の互助会じゃんということになって、今後の公益法人化にも差し支えるのではないかなあ。

Tags: Shogi

_ Netbookのゆくえ del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

書きました。ゆくえシリーズ、というわけでもないんですが、こういうのはタイトル考えるのが一番めんどくさいですね。

Tags: SFJM

2008-12-01 [長年日記] この日を編集

_ Things That I Used To Do / Joe Turner del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

個人的事情で図体のでかい人には何となく親近感があるのだが、ビッグ・ジョー・ターナーは図体もでかかったが音楽家としても器量のでかい人だった。

歌手としての技量という点ではいろいろ限界もあったはずで(大体どの曲も同じキーで歌っている)、そもそも楽譜が読めたかどうかすら怪しいものだが、シャウターの名にふさわしい馬鹿でかい声量とここぞというところにシャウトが決まるタイミングの良さ、どんなセッティングでも何となく自分の色の染め上げてしまう個性、加えてマディ・ウォーターズらと同質の揺るぎなき威厳とそこはかとなく漂うユーモア、といったターナーならではの美質が補って余りある。特に驚かされるのはその柔軟性で、元は戦前から活躍するブルーズ屋さんなのに戦後から1950年代にかけてもR&Bや初期のロック・チャートでヒットを連発、結果として、ブルーズやジャズのみならず、ロックンロールの創始者の一人という称号をも手に入れることにもなった。

チャートゲッターという意味では1950年代末くらいにほぼ終わっていたターナーだが、1970年代に入るとノーマン・グランツが興したパブロ・レーベルに入って(記憶が確かならば実はターナーが専属アーティスト第一号だったはず)主にジャズ系の人々を従えた録音を大量に残すことになる。どれもこれもいかにもパブロ(というかグランツ)の仕事らしい、プロデュースという概念がほとんど存在しないようなジャムセッションもので、参加した顔ぶれも超一流から聞いたこともないような人まで種々雑多、結果として出来も玉石混淆という何とも曰く言い難いものだが、私はどれも好きで良く聞いている。ターナーはいかにも大物という感じで、とりあえずひとくさり歌ったら俺はお役御免、後は他の奴に好きに吹かせてやろうとでーんと構えている(たぶん手を腰に付けてひょこひょこ動かしながら)という風情が好ましい。別にターナーに限らず、昔のミュージシャンは個性が強いというか味が濃いので、こういう作り方をしてもちゃんと音楽として成立しうるのですね。もちろんうまくいかないケースもあるけれど…。

今回取り上げたのもそうしたパブロのターナー・ジャムの一枚で、小粒とは言えそこそこ豪華なメンツを集めて、レパートリーもギター・スリムのあれやビリー・エクスタインのあれを含み、音楽的にもうまく行っているほうだと思う。トランペットのブルー・ミッチェルの存在が特によく利いているが、何せテナーにワイルド・ビル・ムーア(マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』で印象的なサックスを吹いていたベテラン・ホンカー)、アルトにエディ・クリーンヘッド・ヴィンスン、ピアノに西海岸R&Bの大ベテランであるロイド・グレン、オルガンになぜかギルド・マホネス(!)というなかなかの陣容である。だが、たぶんこのセッション成功の本当の功労者は、セロニアス・モンクのベーシストとして有名なラリー・ゲイルズと、ハービー・マンのバンドにいたドラムス、ブルーノ・カーの二人だろう。この二人ががっちり音楽を下支えしているので、上でおっさんたちが好き放題に歌って弾いて吹き倒してもぐだぐだにならず何とかなるのですね。どこまで事前にアレンジしたのか知らないが、随所に入るリフがバシッと決まっていて、まるでターナーが小型ビッグバンドを従えて歌っているかのような感じですらある。個人的にはどうせヴィンスンを呼んできたならターナーと一曲くらいデュエットで歌わせれば良かったのにと思うのだが、それは無い物ねだりということですか。

Tags: Jazz

2008-11-30 [長年日記] この日を編集

_ クォーターパウンダー・ウィズ・チーズ del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

ミーハーなのでさっそくクォーターパウンダー・ウィズ・チーズを食べた。パテからして違ったロッテリアの絶品チーズバーガーなどとは違って,ようするにチーズバーガーを相似拡大しただけやね。いい按配に腹がもたれただけでした。

クォーターパウンダーと言うと、個人的には映画『パルプフィクション』の「フランスでクォーターパウンダー何て呼ぶか知ってるか?」という例の場面が忘れがたい。正確には以下のような台詞だったのだが、台詞だけ読んでもあまり面白くない。やはりあれは、ジョン・トラボルタ(ヴィンセント)とサミュエル・L・ジャクソン(ジュールズ)の名演だった。アメリカ人にはフランス語がなんとなくおかしく聞こえるということが下地になっている。

ヴィンセント: ヨーロッパで一番おかしいことって知ってるか?

ジュールズ: 何だよ?

ヴィンセント: ちょっとした違いがあるってことだよ。ヨーロッパの連中もアメリカと同じろくでもないものを食ってるが、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ違いがあるってことなんだ。

ジュールズ: 例を言えよ。

ヴィンセント: 例えばな、映画館でビールが買えるんだよ。紙コップとかじゃないぜ。ちゃんとグラス一杯で出てくるんだ。あとパリではな、マクドナルドでもビールが買える。お前、連中がクォーターパウンダー・ウィズ・チーズを何て呼ぶか知ってるか?

ジュールズ: 連中もクォーターパウンダー・ウィズ・チーズて呼ぶんじゃないのか?

ヴィンセント: 違うよ。連中はメートル法だからな、あいつらクォーターパウンダーてどういう意味か全然分からねえんだよ。

ジュールズ: じゃあどう呼ぶんだ?

ヴィンセント: (鼻にかかった発音で)ロワイヤル・ウィズ・チーズて呼ぶのさ。

ジュールズ: ロワイヤル・ウィズ・チーズ。

ヴィンセント: そうだ。

ジュールズ: じゃあ連中はビッグマックはどう呼ぶんだ?

ヴィンセント: ビッグマックはビッグマックだよ。でも、ル・ビッグマックになるんだな。

ジュールズ: ル・ビッグマックか。じゃあワッパーは?

ヴィンセント: 知らねえよ。バーガーキングには行かなかったからな。

日本人にも1/4パウンドってどれくらいかよく分かりませんな。113.4グラム、ということのようですが。

Tags: Food

2008-11-28 [長年日記] この日を編集

_ I Love The Life I Live / Mose Allison del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

以前ベン・シドランのことを取り上げた時も似たようなことを書いたが、日本にモーズ・アリソンの熱烈なファンという人がどれくらいいるのか、私には全く見当がつかない。たぶん5人くらい?

熱烈というほどではないが私もアリソンは結構好きで、ここ数年、彼のCDがそれなりに手元に溜まってきた。村上春樹氏もさよならバードランドの巻末「私的レコードガイド」でアリソンについて、「特に熱心にあつめたわけではないのだが、目についたものを買っているうちにけっこう沢山レコードがたまってしまった」とお書きになっていたが、全くもってそんな感じである。

当たり外れが少ないと言えば聞こえは良いけれど、裏を返せば時代を画する大傑作とか目が覚めるような問題作といったものは皆無ということでもあって、どれを聞いても基本的には同じ世界が広がっている。じゃあ一枚買えばそれでいいじゃないかと言う人もいるだろうが、そういう身も蓋もないことはアリソンに言わせておけば良いのであって、あなたが言う必要はないのである。ねじけてひねくれて愉しく後ろ向きなアリソン・ワンダーランドにどっぷり浸かって、なかなかうまいこと言うなあ、でも全然変わり映えしねえなあ、などとつぶやきながら一人で聞いて微妙な気分になるのがアリソンの音楽の正しい楽しみ方だ。

ところで、シドランにしろアリソンにしろ、このタイプのミュージシャンはどうしても皮肉の効いた歌詞の内容に最大の注目が集まるが、ピアニストやヴォーカリストとしてのアリソンの良さというのも無いことはないのである。ただ、それはなかなか明確に言語化しづらいものなのだ。ピアノもワンパターンと言えばワンパターンだし、歌にしてもあんな鼻声で音程も怪しい歌のどこがいいんだと難詰されると言葉に窮する。結局、あのピアノとヴォーカルの絡み具合が…というような、極めて感覚的なものなのですね。そこに身も蓋もない歌詞が加わって、独特の魅力が醸し出されることになる。

このCDは村上氏が前掲書で挙げていたものだが、元々CBSから出たこともあってたぶん世間的にもアリソンの代表作ということになるのではないかと思う。てっきりCD化されていないと思い込んでいたのだが、なんと3枚組(といってもボックスセットではなく、CD3枚を紙の箱に入れただけ)で出ていた。もう廃盤のようだがユーズドなら買える。最近はこればかり聞いている。

ちなみに、氏は「このレコードに入っている『アイ・ラヴ・ザ・ライフ・アイ・リヴ』という彼のオリジナル曲はとてもいい」と書いているが、もちろんこの曲はウィリー・ディクスンの曲である。「とてもいい」のには違いないけどね。

Tags: Jazz

2008-11-27 [長年日記] この日を編集

_ 近況 del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

このところ忙しくてまた死んでました。もはや日記というより月刊やね。今後もあまり状況は改善されないと思いますが…。いくつか取材を受けたので、来月か再来月あたり各種媒体にちょこちょこと出るかも。出ないかもしれませんが…。

Tags: Life

2008-10-16 [長年日記] この日を編集

_ 陰謀論とイヤミのうまさ del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

他人の英語の添削ばかりしていても仕方がないんですが、なんだか目についてしまったので。

Yet while Paul Krugman's talents as a theorist are shared by a handful of his peers, his gifts as a communicator are not. It seems that the Nobel committee felt that Mr Krugman's role as a public intellectual was a stepping stone to the prize, not a stumbling block.


(理論家としてのポール・グルーグマンの才能なら四、五名くらいは共有しているものだから、彼の才能は伝達者かどうかということだ。ノーベル財団としては、公的な知性としてのクルーグマン氏の役割は、受賞の足がかりであって、障害ではなかった。)

さらっと読むと褒めているみたいだけど、これって、高度なレトリックによる反語表現っていうことジャマイカ。

ポール・クルーグマン、ノーベル財団による経済学賞受賞ってことで - 極東ブログ

別に反語でも何でもないような。というか若干誤訳だよね、これ。「理論家、学者としてのポール・クルーグマンの才能に匹敵する人は何人かいるだろうけど、コミュニケーター、一般向けの啓蒙家としての彼の才能に匹敵する人はいない。」ってことです。public intellectualというのは訳しにくい言葉だが、日本語だと「知識人」というのが一番近い言葉かしらん。全体にfinalvent氏は、どうも「これはイヤミを言っているに違いない」という思い込みが先にあって、そこから妙な解釈を引き出しているように思われる。こう言っちゃなんだが、田中宇さんを思い出した。他にも変な訳はあるんだが、kmoriさんがすでに指摘している。ただkmoriさんの訳もちょっとおかしくて、該当箇所を私が訳すなら

いずれにせよ、ブッシュ批判が書けるジャーナリストはいくらでもいるが、「恒星間貿易の理論」などという珍奇なものを書けるエコノミストは一人しかいないし、論争の才に長けた論客といえども、経済の論理をウィットに富んだ文章で啓蒙できる人となるとそうはいない。

くらいかねえ。ちょっと意訳だけど。

どちらかと言うと今回私が驚いたのは、コラムニスト、クルーグマンを擁する本家本元ニューヨークタイムズの記事だ。身内だし、主張は新聞のカラーとも合っているし、さぞべた褒めしてるんだろうと思ったら、クルーグマン批判で知られるダニエル・クラインのコメントをわざわざ取っていたのね。

「クルーグマンの一般向けの仕事の大半は恥ずべきものだ」と、ジョージ・メイソン大学の経済学教授であるダニエル・クライン氏は言う。彼は今年、クルーグマン氏が本紙タイムズに執筆したコラムの内容を広範囲に検証したレビュー論文を執筆した。「彼は、経済学が大衆迎合的な民主党の気風に反するような結論をもたらす多くの主要な問題を、全く取り上げない。特に彼がニューヨークタイムズに執筆するようになってから、彼はいよいよ民主党に迎合的になっていると私は思う。」

共和党のマケインにほとんど勝ち目がなくて余裕があるということなのかもしれないが、しかし、仮に自紙への寄稿者がなんか賞を取った場合、日本の新聞がご祝儀記事にこんなこと書くかねえ。ちなみに私の印象では、クルーグマンは大して民主党べったりでもないです(マケインよりはましというだけで、オバマもあまり支持していない。たとえばこれ)。

なお、私が知る限り、今回のクルーグマン受賞関係の記事で洋の内外問わず一番イヤミが効いていたのはグレッグ・マンキューだと思う。マンキューも相当偉い経済学者なのだが、クルーグマンのスタンスには以前からやや批判的だ。で、自分のブログでこんなふうに書いていた。

おめでとう、ポール!

この最新のノーベル受賞者についてもっと知るには、ポールの研究上の貢献に関する分析、そして彼の記名コラムに関する分析を読むといいですよ。

字面だけ読むとどうということもないのだが、リンク先を追うと、前者はジョン・ベイツ・クラーク・メダルを取ったときのディキシットの推薦コメント(こちらは普通に褒めてるだけ)、後者はなんと先ほどのクラインの批判論文なのですよ。研究者としては認めるがコラムニストとしてはけしからん、ということなのかしらん。狙ってやってるのか単に勘違いしただけなのか、そこが分からないところがうまい。

Tags: Rant
本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ ぷくまん [イノベーションが人々を不安に陥れ、プライバシーを侵害することは許されるのか?グーグルストリートビューの話である。勿論..]


2008-10-14 [長年日記] この日を編集

_ one-handed economist del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

池田信夫氏がクルーグマンのノーベル経済学賞受賞についてこんな悪口を書いている。

池田さんがクルーグマン嫌いなのは別にいいんだが、英語の意味がちゃんととれていないようなのは嘆かわしい。Economist誌はクルーグマンを「『片手落ちの経済学者』と皮肉」ったりはしていない。池田さんが言及した2003年のEconomistの書評(しかしなんで今更2003年の書評?)をざっと訳せばこうだ。

「one-handed economistを連れてこい」苛立つアメリカ大統領は要求した。「今いる経済学者はどいつもこいつも『一方では…また他方では…(on the one hand...on the other)』としか言わん」。少なくとも、手が一本しかない(mono-manual)という意味では、ハリー・トルーマンは経済学者、ポール・クルーグマンを好いたことだろう。クルーグマンは自分の見方をはっきり述べることをためらわない。対象となるのが彼自身であってもだ。週に2度掲載されるニューヨークタイムズの彼のコラムが、「ニューエコノミー」に関する温和な議論から、広く読まれたブッシュ政権に対する悪口の一斉攻撃に変容したことについて説明した際、このプリンストン大学の教授は、自らを「腐敗の海における孤独な声」と言ってのけた。

議論の余地がないのは、クルーグマン氏は、メディアでスーパースターになったうちでは最も優れた経済学者だということだ。少なくとも、ミルトン・フリードマンや、より以前ならジャーナリストに転向した後のジョン・メイナード・ケインズに匹敵する。通貨危機や国際貿易に関するクルーグマン氏の業績は他の経済学者から広く賞賛されており、ノーベル賞を取るよりも若干難しいとされる経済学のジョン・ベイツ・クラーク・メダルを授与されている。人気という意味では、彼の新しい著作、一般の幅広い非専門家に向けて書かれたものとしては8冊目にあたる「The Great Unravelling(邦訳: 嘘つき大統領のデタラメ経済)」は、ニューヨークタイムズのベストセラーリストに8週間留まった。

皮肉どころかべた褒めじゃないですか。

one-handedというのは片手落ちとか考えが足りないとかそういうことではなくて、ようは一方的、断定的、はっきりものを言うということである。一方的というと悪い意味もあるが、ここでは、どっちつかずの当たり障りの無いことしか言わない経済学者との対比で、明らかにポジティヴな意味で使われている(そもそも言っているのはトルーマンでエコノミスト誌の記者じゃない)。そういう意味では、池田さんだってしょせん一方的に自説を述べているだけなんだから、十分one-handedでしょうが。

Tags: Rant

2008-10-13 [長年日記] この日を編集

_ ノーベル経済学賞はポール・クルーグマン del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

まあ、どうせそのうち取るだろうとは思われていたわけですが、なんだかんだ言って政治的に絶妙なタイミングでしたね。ノーベル賞は選考過程が今ひとつよく分からないのだが、これはどう考えてもあげる側が狙ってやったことでしょう。

今や誰も覚えていないが(当人もあまり覚えていない)、私は学部のころは国際経済学のゼミにいて、そういう勉強をしていたのだった。だからクルーグマンの初歩向けの教科書も読みましたよ。私がきちんと頭からしっぽまで読んだ唯一の経済学の教科書かも知れない。

クルーグマンはまともな経済学者でかつ文章がおもしろいという珍しい人だが、とりあえず読み物で一冊というならThe Age of Diminished Expectations(Paul R. Krugman)でしょうなあ。この人は文章に独特の味とユーモアがあるので、できれば原文で読んだ方がよいと思う(山形浩生さんの訳もたいしたものなのだが)。もう少し学問寄りでかまわない(ただし本当にゴリゴリの専門書はイヤ)という向きには、私の読んだInternational Economics(Paul R. Krugman/Maurice Obstfeld)がちょうど良いんじゃないか。大部だが異例なほど読みやすいです(あと、割と頻繁に新版が出るので古臭くない)。訳は大昔かの竹中平蔵さんがやったみたいですが、そちらは読んだことないので分かりません。

あと、クルーグマンがニューヨーク・タイムズに週二回(月金)書いているコラムと、ブログ(The Conscience of a Liberal)は必見。何度も言うが、まず読み物として抜群におもしろいです。実のところお恥ずかしいことについ最近までクルーグマンがブログを書いていることを知らなかったのだが(もちろんコラムは知っていた)、たまたま金融がこういう状況ということもあるのか、一日数回というものすごい頻度で更新してるのね。どう考えても私の20倍くらいは忙しいに違いないクルーグマンですらこれくらいアウトプットを出しているんだから、私も無精せずに思うところをちゃんと書かなあかんなあというのが、最近割に定期的に記事を書いている理由の一つだったりもします。

Tags: Rant

_ Diggのゆくえ del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

ということで、残念ながらクルーグマンには及びもつかない今週の私のコラムはDiggの話です。読んでね。

Tags: SFJM

2008-10-09 [長年日記] この日を編集

_ Out Of Nowhere / Don Ellis del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

最近ハマってかけっぱなしにしている一枚。のちに凄まじい変態変拍子アレンジ(7/8とか9/8とか15/16とか)を売りにしたビッグバンドを率いて有名になったトランペッター、ドン・エリスが、ポール・ブレイにスティーヴ・スワローというこれまた癖のある人々と組んで吹きまくるというドラムレス・トリオ作。1961年の録音直後にキャンディド・レーベルが潰れたので市場に出ず、ずっと後の1988年になってようやく日の目を見たといういわくつきの作品。

演っているのは大スタンダード曲ばかりで、ちゃんとメロディも吹いているのだが、全体としての印象は異様だ。とにかく定石を外してやろう、「自分たちの知らないこと」を吹いてやろうという心意気がビンビンに伝わってくる。エリスのトランペットというのはなんというか、上手いのか下手なのかよくわからないすがれた雰囲気があるのだが(ヘタウマというのともちょっと違う)、そういう意味ではこの三人には通じるところがある。ちなみにJust One of Those Thingsに至ってはトランペット・ソロ。All The Things You Areはベースとのデュオ。ピアノとのデュオで料理したMy Funny Valentineにおけるブレイの、若い頃のキース・ジャレットばりにフォーキーなソロが最高で、何度も聞き返してしまうのだった。

ちなみに私が持っている日本盤は8曲、最近出た輸入盤は10曲と、輸入盤のほうが2曲多い(Just One of Those ThingsとI Love Youの別テイクを収録)。買い直すかなあ。

Tags: Music

_ フレームウォーの功罪 del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

こここで告知するのを忘れていたが今週はフレームウォーはよろしくないという話を書きました。読んでね。

Tags: SFJM

_ こんにゃくゼリー del.icio.usに追加 はてなブックマークに追加 livedoor クリップに追加 Buzzurl に追加

よく冷えたこんにゃくゼリーはおやつに最適だ。人生に倦んだアンニュイな早朝にドン・エリスのトランペットに耳を傾けながら食ったりするといろいろ感慨深いものがある(さっきやってみた)。しかもなんとなくダイエットしたような気がするじゃないですか。実はノンカロリーじゃないんだけどね。

私も「蒟蒻畑」を数袋冷蔵庫に入れて常備しているくちだったのだが、なんでも製造中止になったらしく、大いに立腹している。事故に遭われた方、とくにそのご家族には申し訳ないけれど、有り体に言って指を切り落とす可能性があるから包丁を取り締まれというくらいの間抜けさにしか見えぬ。だいたい蒟蒻ゼリーがいかんというなら毎年毎年年寄りがのどに詰まらせて死んでる餅だって取り締まらなきゃあかんやろ。いや餅も取り締まれという話なのかな?

Tags: Life